人間関係という科目は、子どもの頃から苦手に感じる

人間関係は、私が最も苦手とする人生での科目です。中学校、高校では、人間関係という科目はありませんでした。でも、大学に入学して以降、授業では聞くことのない人間関係という社会上の科目が、私にとっては、最も難しい科目に感じています。最も難しいと思う理由は、その科目にはテキストがないからです。練習問題もなく、模範解答もありません。そのため、机上で問題を解いて、テストに備えることができません。

そして、そのテスト会場は、教室の中ではなく、日常的に何の前触れも予告もなく訪れます。私が誰かと一緒に、同じ空間を共有している限り、自分が予期している問題ではない問題が様々に課題として出されます。そして、私はそれらの課題に対して、即時に解答しなければなりません。解答しなければ、それは無言という解答としてみなされます。正解かどうかは、周囲の人達によって裁かれます。模範解答のない問題を出され、答え合わせはその場で行われます。私がいる目の前で行われます。私は、問題を出されて、自分なりの解答を提出し、答え合わせがその場で成される光景をずっと目にしてきました。

ですが、今だに慣れることはありません。そして、今だに正答を見つける法則を見つけるまでに至っていません。人によっては、直感的に正答を見つけられる人もいるでしょう。ですが、私は問題を出されると、無意識のうちに拒絶反応が出てしまうほど、人間関係という科目を毛嫌いしています。もし可能であれば、他人のいない社会で悠々自適に過ごすことができればどんなにいいだろうと思います。

私の父親は、私を社交的な人間にしようと必死でした。親戚を自宅に招いたり、ピアノを練習され発表会に出させ、社交的な機会を私に提供しました。でも、父親の努力むなしく、私は社交的な人間になれませんでした。人と楽しく過ごすこと、人と和やかに打ち解けることがどんなに難しいことかを悟っただけでした。大人になっても、人間関係という科目はまだまだ難しい科目に感じています。